7,8年前 石川県立音楽堂で 「100人の声・命を読む」という朗読の会に参加したことがありました。今年、2人展に来てくださった高輪真知子さんより、「舞台に染絵を4点ほど並べて、朗読も100人の一人として参加しませんか?」とのお声掛けで、久しぶりの参加です。
「見えない・けれど」の本の後ろの文で「我が家の枝垂れ桜」にしました。 7月31日午前11時から夕方5時・・私は、4時10分の黙とうの前の3時30分くらいの時間に‥ 読むのはこんな文章です。
我が家の枝垂れ桜
その桜は、我が家のシンボルでした。
能登で住まう地を決め、基礎や、コンクリート、壁塗り等、皆で出来る事をした家の庭に、細い紅枝垂桜(べにしだれざくら)を植えたのは、40年余り前のことでした。お日さまをいっぱい浴びた桜は、グングン大きくなり、太い樹の周りを子ども達が駆けまわり、時を経て、枝垂れる花房の下から、孫が顔をのぞかせました。
「いつか、その日が来たら 私の帰る場所をここにしてよ・・」と皆に頼んでいた大きな樹が いつ頃からか、枝が折れやすくなって、花も少なくなっていったのです。 3年前、花がとても遅いことに心配しながらの春、いつもの年より、1か月近く遅れて、少し小さめの花が、それでも満開になってくれました。
「良かった― 元気でいてくれた・・」と胸をなでおろしたのも束の間、残った力を全部使い果たしたのでしょうか・・いくら待っても、もう葉っぱは、出て来ませんでした。毎日緑が見えないかと、あくる年も待ち続けました。 だめでした。 太い樹にチェンソーを入れました。幹がボロボロになっていました。庭の中心で、盛り上がったところに大きな切り株のある場所は、何もなくなって、とても広く見えました。見る度に胸が痛みました。
昨年秋、友人が、「あなたの家からの取り木の桜が、枝が茂りすぎて困ってるんよ、いらない?」・・・忘れていたのです。まさかあの桜の子どもがいてくれたとは・・。すぐに貰いに行き、「根付いてー」と、祈るような気持で庭に植えました。
今年の春、紅色の小さな花に、再び会うことが出来ました。
又、満開の花の下に・・風に舞う花吹雪の下に・・サワサワの若葉の下に立つことが 出来るのです。そうして、まだまだ細いその樹は、私がいなくなる頃までには、もっともっと太くなって、この私を待っててくれることでしょう。

