歌と笑顔と

青い空に風船が

6月1日  この日は 金沢から貸し切りバスで むぎわらぼうしの皆さんの
志賀原発学習ツアーの日でした。
ツアーが出来ないだろうか‥と打診があったとき、正直 どうしよう・・と思いました
原発はいらない・子どもたちに 能登の自然を手渡していきたい・・・と願う
地元の女性たち・のとじょネットの世話人をしてはいるのですが、
 思いはいっぱいあっても 動いている原発に対して 敗北感のようなものがあって
珠洲は 止められたのだけれど 志賀は・・・
何を話せるのだろう‥‥記録もほとんどないだろうし…と悩むほうが強かったのです
でも 記録はあったのです
克明につづられた・・私たちがかかわる20年前からの 通信や 日誌が・・
あまりにも争いがひどかった地域の中で隠されるようにして・
編集されていた分厚い資料が 11巻・・・  あまりの膨大さに息をのむ思いでしたが
これは知らなければならない原発の地元の大切な歴史でした。
数字も記憶も苦手でしたが、いっしょうけんめい 読み続け
そしてまた 目の前に遥か昔、苦悩しつつも、立ち続けた方たちに
魅せられ続けた数か月でした
当日に向けて、 地元でかかわっている いのちのネットの皆さんの草刈りや
上がり框のコンクリート補修や、風船も上げよう・・とかの 嬉しい協力も
そして、歌で参加できます…と富山からの助っ人も。
30年前建てられた反対のシンボル 小さな団結小屋が 40人余りの人でいっぱいになりました
ここで 海の・山の・子どもたちの いのちを守ろうと戦った先を歩かれた方たちがいて
集った私たちは その歴史の上に立っていました。
そして少なからず その生きざまを自分のものとして
それぞれが身の内に刻み込めた得難い時間でした。
青い空に風船が飛んでゆきました
歌を歌う中に、想いが引き継がれ、みんな、いーーーーい笑顔でした。
     赤面事項   その当時、橋のばあちゃんが作って・・・差し入れしてくれたように、
            来てくださったかたたちにおにぎりを・・・と,思いはいっぱいでした・が
            ・・・見事に メッコで・・ 
            申し訳なくて、申し訳なくて・・・ みなさん  ごめんなさい